スタッフト・ヒューマン(2)
//ヘンリー 【真っ白な部屋】
どうやら僕は、子供が好きらしい。
語弊があるかもしれないけれど、不安そうにしている彼女を見たときに心から喜ばせてあげたいって思った。
見てくれがこうなのもきっとそういう仕事をしていたのだろう、何も記憶がないのにもう一人の僕を演じるのにもあまり抵抗がない。
僕の手を彼女は弱々しく握っている。少し、心がこそばゆい。
一行が自動ドアをくぐり抜けると、白い部屋は途端に暗転しパッと立体映像が目の前に現れた。
「ハロー!みなさんご機嫌いかが?シェミーの国へようこそ!シェミーはみなさんを歓迎します!」
華やかな衣装を身にまとったツインテールの少女がくる、くる、くるりと楽しそうに回る。
「うふふ、あなたたちはたくさんの条件をくぐり抜けてきた特別な人達!なんと、ぬいぐるみしか入れないこの国に入る権利を得たの!はい拍手、パチパチ~!そして、これから待ち受けるのが最後の試練!これをくぐりぬければあなたたちは無事この国の国民になれるわけなのです!」
突然の出来事に全員が反応しきれなかった。というか、状況がまるで飲み込めない。
「ちょっとちょっとぉ、反応が薄くない?悲しいなあシェミ、せっかくみんなを驚かせようとして用意したのに」
コロコロポーズをとったかと思えば、シュン、と残念そうに首をもたげる。紺色の髪がふわりと揺れた。
「…これは一体どういうことだ、何かのドッキリか?番組の企画か?こういうふざけたことはやめて俺たちを帰してくれ!」
「ふざけてないよ、本気だよ」
異を唱えた六郎さんに、さもなんでもないことのようににまりとしながらシェミーという少女は答えた。
どうしてだろうか、この突拍子もない芸風に少し覚えがある。
「この試練の目標は無事にシェミーの部屋にたどり着くこと!私の部屋に着いた時、もしこの国に住むのが嫌で私のお城から出ていきたいって思うなら、出口の鍵をあげてもいいわ。私は大好きなぬいぐるみちゃんのためなら何だって与えてあげる」
つまりここから出るためには、うろんな彼女の要求を必ず汲まねばならないということだろうか。
意図は全然伝わってこないけど、よからぬことを強制させられているのはわかる。
「おいちょっと待て」
六郎さんが先ほどとは違う神妙な口ぶりでシェミーが次に何か言おうとしていたのを遮った。
「何?」
「なあお嬢ちゃん、俺たちは…会ったことがあるな?」
思わず「えっ」という声が出る。ヘンリーではない僕の声だ。
「…僕もちょうどそういうことを考えていました。僕と、六郎さんと、あなた。面識があるはずです、おそらくは」
巳久里くんもどこか煮え切らないような目をして口を開く。
「…ええ?なになに?僕たちを置いて二人とも記憶思い出しちゃったの?」
「いいえ、思い出せません。何かあったはずなのに、わからない。どうしてあなたはこんなことを」
焦りが出て、茶化そうとしたが失敗した。巳久里くんはとても辛そうにしている。
「さっきから何を言っているのかしら?」
シェミーはどこからともなくステッキを取り出して、僕たちに差し向けた。
「シェミーはこの国のお姫様よ?生まれた頃からこのお城から一歩たりとも出てないわ。だ・か・ら、私たち初対面なの」
まるで心を許した友達に向けるような笑顔でシェミーは続ける。
「ミネットちゃんや、ヘンリーちゃんはいいとして、六郎ちゃんとみくりちゃんにはもっと可愛い名前を考えてあげないとね?」
「困った」
「困りましたね」
「困ったなあ」
シェミーとの通信が切れてしばらく経つが、四人はまだその部屋に立ち尽くしていた。
今おかれた状況を整理し、どう行動すべきかを考えあぐねているところだ。何も知らなかった時とは違う緊張感がこの場を支配している。
「あの、六郎おじさんとみくりくんはシェミーさんと本当に会ったことがあるの?」
話が頓挫したところでミネットが口を開いた。そういえば彼女の声を聞いたのは久しぶりかもしれない、難しい話を邪魔をしないように黙っていてくれたのかな。
「ああ、かなりインパクトの強いお嬢ちゃんだからな。間違えるはずもないさ」
「僕たち、彼女に恨みでも買っていたのでしょうか。でもあれ、何か違和感があるんですよね」
巳久里くんはシェミーが投影されていた場所を睨みながら続ける。
「人間味が感じられないというか、確かに見た目は彼女なんですけど、音声もなんか雑だったというか…」
「なんだ?言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「…はい、あれはコンピューターによってつくられたビジュアルイメージなんだと思います」
「ええっとそれってつまり?」
「要は偽物です。シェミーはこの城に二人いると言ったらわかりやすいでしょうか」
まだ不確定事項ですが…と言って顎に手をやる。巳久里くんはどうやらこの手のことに詳しいらしい。
「ここまでするなんてよほどの技術力を…。おそらくは僕たちが目指す部屋にいる方のシェミーの差し金でしょうが、しかし…」
うーんうーん、とすっかり考察に熱が入っている巳久里くんをよそに、僕も少し気になっていることを口にした。
「実は僕も彼女のことを見たことがあるんだ。でも会ったとかじゃなくて、一方的に知ってる感じで。あの子、アイドル?とかじゃなかったのかと思うんだけど」
「確かにそうだったかもな。そもそもそういう見た目してるし」
やっぱり、と思う。
突如にして世間からいなくなってしまったインターネットアイドル、シェミー。姿を消した人気者。姿を消した…。
「おい、大丈夫か?ヘンリー、おいこら」
なんだろう、すごくモヤモヤする。耳の奥がぐるぐるして気持ち悪い。いやだ、なあ。僕は何も悪くないのに。
ああ、なんて人間は恐ろしいんだろう。ああ、なんて人間は心が狭いのだろう。目に見える世界がおぞましい。
「大丈夫?ヘンリー君?」
ミネットの声にはっとする。心配そうにこちらを見る目は、真っ赤な夕日のように揺れていた。
「ううん!大丈夫だよ!ヘンリー君はいつだって元気さ!」
そう片手を掲げてみせる。いけないいけない、彼女を心配させてはいけない。
ヘンリー君はいつだって子供達に笑顔を届けなきゃ。
「…あのなあ、お前さん顔が見えないからわからないんだよ、急に固まったから気分でも悪くなったのかと思ったぞ」
「あは~?何言ってるの六郎君!僕にはこんなにキュートな顔があるじゃあないか!」
「ま、お前さんがそれでいいならもういいけどさ…」
あれ?もうつっかからないんだ、と拍子抜けする。奇妙な着ぐるみ男なんてどうでもいいと思われたのだろうか。
「よし、もう考えてもしょうがないな。試練とやらはどんなもんか知らないがさっさと先に進んでやろうじゃないか」
「?六郎さん、なんか元気ありますね」
「そうかぁ?まあ、お前らがどんなやつか大体わかってきたし!年長者がいつまでもヘタレちゃあ詮無いだろ」
六郎さんはなにやら吹っ切れたように伸びをして、ニヤリと笑った。
// 【倉庫】
「お、なんだこれ見覚えあるな」
先ほどの白い部屋に隣接した、物置部屋のような場所。シェミーが挑戦者への餞別よ!と言っていたけれど。
「これ絶対僕のですっ」
部屋の真ん中にあるテーブルには僕たちの愛着あるものが乗っていた。記憶はなくともこういうことは無意識下で判別がつくらしい。
馴染みのあるものを手にすると味方が増えたようでなんだか安心する。使い古された黄緑色の裁縫箱、中身は無事だ。
「ミネットちゃんも何かあったかな?」
「ううん、みんなみたいにこれだ!っていうのはここには無いわ」
軽い気持ちで訊いた僕に、少し寂しそうな笑みを見せる。
ああ、シェミーというやつは人が悪い、極悪だ。彼女だけに大事だったものを一つも用意してあげないなんて、残酷すぎる。
「あっ!そうだ」
なんて頭の良い思いつきだろうか、これは僕だったらきっとできる。
「?」
裁縫箱をぱかりと開け、針に糸を通す。必要なものはす全て目の端に映っていた。
「大丈夫、ちょっと待っててね。ミネットちゃん」
「なんだなんだあ?」
「ヘンリーさん、見かけによらず器用なんですね」
「くまさん…」
よしできた。やっぱり、記憶がなくとも潜在能力は衰えていないらしい。思ってたより何倍も早く、このぬいぐるみを作り上げることができた。
「ミネットちゃん、はいどうぞ」
ヘンリーは桜色の可愛らしいクマをミネットに渡す。華奢な彼女の腕にあまることのない、赤いリボンをつけた小さなテディベア。
ミネットはぽかんとしながらそれを見つめている。
「これ、私に?」
「もちろん!そのクマくんは、ミネットちゃんのお友達。大事にしてくれるかな?」
少女は感極まったように、なんどもコクコクと頷く。ああ、元気になってくれたみたいで良かった。
「なるほど。では僕もミネットさんに贈り物をしましょうか」
どこか納得がいったように、巳久里くんが赤い工具箱をあさり始める。きっと彼の大事なものはあれだろう、ガチャガチャと触っているだけで随分楽しそうにしている。
「ミネットさん、どうか僕にお友達を貸してくれませんか?悪いようにはしませんよ」
巳久里くんは聞きようによっては物騒な文句を言い放つ。彼の手には布や綿と正反対の、鉄で出来たゼンマイが握られていた。
「ちょっとみくりくん」
危険を感じて声をかけるも、いいからいいから、と巳久里くんはせっかく作った新品のぬいぐるみをいじり始める。
「……」
途中までは止めさせようと思った。なんだってこの人はふわふわの綿の中に金属をねじ込んでいるんだ…と。
だけどその手つきはさっきの僕のものと同じに見えて、止められなくなっていた。
巳久里くんはまるで手品師のように銀色の部品たちを華麗に操っている。
「ヘンリーさん」
素直に見とれていると、急に話しかけられて「はっ!えっ⁉︎」と素の声を出してしまった。
「誰ですか今の声…まあいいです。もうすぐ終わりそうなのでここの布の処理お願いできますかね」
巳久里は古いタコの出来た指で背中の方を指差す。「さすがにここは専門外なので」と、真剣に訴えている。
「うん、できるけど…」
よく見ればぬいぐるみの損傷は少ない。形も崩れていないし、直すべくは指示された簡単なところのみだ。
きっと気を使って作業をしてくれたのだろう。つい、自分の仕事がリスペクトされているみたいで嬉しくなる。
「お願いします」
再び針を握り、なるだけ彼の作ったカラクリを壊さないように、慎重に縫製をした。
…なんだかこういうの、わくわくするなあ。
「それではミネットさん、そのゼンマイを回してみてください」
「う、うん」
ミネットは恐る恐る、きらりと光るハート型のそれを回し始めた。
ジイ、ジイ。小気味の良い音が彼女の手の中で響いている。その瞬間を待ちに待っている時、自分でテディベアを手渡した時とは比べ物にならないくらい胸の高揚を感じた。
「!くまさんが動いた!!」
先ほどまではちょこんと座っていたぬいぐるみが、ぽてぽてとゆっくり歩み出す。
ミネットは信じられないものを見るように、顔を輝かせてなんども僕たちとくまを見返した。
「すごい、すごいよ巳久里くん!」
僕も彼女と同じになって喜ぶ。我が子が成長したみたいで、もはや涙ぐましくもあった。
「ふふ、歩くだけじゃありませんよ。実はランダムで3つの動きをする仕組みを取り入れたんです」
「「すごーい!!」」
「たいしたことはありません、きっと記憶のある僕のに比べれば些細な仕事ですよ」
そう言いながら彼も心半ば嬉しそうだった。
「キラキラでふわふわで、こんな素敵なクマさん本当にもらっていいの?」
ミネットはまだ信じられないようで、必要以上に問いかけてくる。もはやそれは愚問だろう。
「もちろんだよ」と言うと、彼女は僕たちに駆け寄ってきてそれぞれの手をやわらかく握った。
「お兄さんたちありがとう!私、この子をずっとずっと大切にするね!」
花のような笑顔を咲かせて、たたた、とからくりテディベアの元へ戻っていく。彼女は今までの中で一番いい顔をしていた。
「いやあ、モテモテだなあお嬢さん。二人の男から同時にプレゼントをもらうなんて、たいした女の子だ」
僕たちからの贈り物を抱きしめるミネットの頭を、六郎さんは「よかったなあ、うりうり」と撫で回す。
「おう、そうだ巳久里殿。もののついでに電子タバコでも作ってみねえか?」
「たぶんできますけど、材料と制作費を先におよこしくださいね」
「ええ!金取るのかよ、俺も寂しいんだよ口がよ~。絶対これだけじゃ足りねえよ~」
「ものづくりをする人に対してそれは大間違いだよ六郎くん。そういうのは、人でなしのすることだよ」
「うわ…なんだよお前ら。オジサンに厳しいな~」
…ああ、いいなあこの感じ。どうやらこの人たちは信頼できるみたいだ。
世界がおぞましいなんて、僕はきっと寂しい奴だったんだなあ。
次回 城ヶ根 巳久里 【大ホール】