スタッフト・ヒューマン(3)
//城ヶ根 巳久里 【大ホール】
絢爛たるシャンデリアに、格式高いベルベットの赤絨毯。
蕩けるような花の香りも、目がくらむような上質な輝きも。
息を呑む隣人の気配さえも、何もかもが頭に入ってこないくらい「それ」は凶悪的な存在感を醸し出していた。
今見ているものが夢じゃないというのなら、僕たちはもっと現状を悲観的に捉えなければならない。
「これってさ、やばいよね」
「はは、こりゃあ全く。あのお嬢ちゃん頭がイってるわ」
おそらく、これを目にするのは生まれて初めてのことだろう。
なにせ時代錯誤のアナログ装置だ。こういうものにロマンを感じるほど僕は楽しい人間ではない。
「ギロチン、ですよね。これ」
規格外の高さを誇るその処刑機は、この広いホールのどこにいても僕たちを睨めつけて首を攫うチャンスを伺っていた。
「あれを見てると首がスースーしてかなわん」
六郎さんは首に手をやりながら奥の方へと歩いていく。とりあえず僕たちはこの異質なホールをそれぞれで探索することにしたのだった。
──それにしても、この部屋は本当にわけがわからない。
僕たちの押し込められていたカプセル室とは違って、まさに「お姫様が住んでいるお城」といった体の内装をしている。
見上げたところに豪奢な飾りのついた窓枠があるが、その奥にあるのは空ではなく乳白色の壁だ。
自分たちが地下にいるのかも、高い階上にいるのかもわからない。ただ理解できるのは、金のかかった施設にいるということだけ。
床に転がっているファンシーなぬいぐるみたちは何のために配置されているのだろうか、流線が彫り込まれた柱は建築的に必要だから立っているのだろうか。
もはや何に意味を見出していいのかさっぱりだ。
「僕、階段の方も見てくるよ!行こう、ミネットちゃん」
ヘンリーさんはいつも通りの調子で探索を続けられているようだ。大事そうにミネットの手を握っている彼を見ていると、まるで兄のようだなと思う。
巳久里は目をつけていたテーブルの方へと近づく。たとえここが頭のおかしな場所でも、絶対記憶を取り戻すために手がかりを掴んでやる。
シワのない白い敷物の上には、メインディッシュを入れるような大きさの皿と一枚のトランプが乗っかっていた。
「ギャンブラーの…胴体?」
トランプの表に印刷されていたのは絵柄ではなく、不可解な文字だった。ひょっとしたら、他のテーブルにも同じようなものが乗っているのかもしれない。
「おーい、そろそろ情報整理といかねえか?」
ちょうど対角線上にいる六郎さんがそう声をかけてきた。彼の手にも、トランプが握られている。
「ギャンブラーの胴体 、研究者の腕 、エンターテイナーの足、に、××××の首 か」
「何かを暗喩しているのか、あと考えたくないですけどそのまま人間の、という可能性もありますね」
「ええっそういう怖いこと言うのやめてよ!」
六郎さんが片眉をあげ、ヘンリーさんがビクゥッ!と後ずさりする。そういう印象は受けなかったがヘンリーさんは結構怖がりなんだろうか。
確かにすぐ近くにギロチンがあればこの仮説に現実味も湧いてくる。だからと言って震えるほどではないと思うのだけど。
「やっこさんは試練と言ったが、何らかの課題をこなしてこれを揃えれば道は開かれりって感じだろうな」
六郎さんはそう言いながら何やら手放せないもののようにトランプをいじっている。
「でも、トランプは4枚なのに扉は3つしかないよね。階段の上のを数えるなら別だけど」
確かにそれが気になるところだ。このホールには電子ロックがかかった扉が3つと、中央奥の階段の上に僕らの身長よりひとまわりもふたまわりも大きい両開きの扉が1つある。
階段の上にあるのは次のステージへの入り口、のようだとは思う。しかしこういう決めつけた考えはいずれ落とし穴になってしまうかもしれない。
「でも、全部閉まっているんですよね──」
なかなか次への行動に踏み出すことができない。そう思っていると、ピンポンパンポーン、と軽やかな音がホール内に響いた。
「やっほー!みんな、いい具合に頑張ってるね!シェミーだよ!」
続いたのは、頭が痛くなるような首謀者の高らかな声だ。
「もし諦めて引きこもっちゃったらどうしようかなって思ったけど、手間をかけなくてもよさそうね!うんうん、さすがシェミの見込んだ人たち!
心の準備はよさそうだから、いよいよ始めちゃう!そうしましょう!」
「おい、シェミー!お前──」
「言っておくのを忘れちゃったけど、必要以上に私のぬいぐるみを傷つけちゃダメよ?そんな悪い子にはめっ!だからね!」
放送音声はそれっきりで切れてしまう。相変わらず自由な…人、でいいのだろうか。
いつの間にか右奥にある部屋のランプが赤から緑へと変わっている。
きっと試練はこれから始まるのだ。
シェミーの一方的な放送が終わったきりヘンリーさんは、ずっと俯いたままだった。
どうしたのか、と聞くことはない。ここにいる全員がこの先に起こることを恐れているのだから。
次回 ヘンリー 【エリオットの部屋】